松村堂

気になることは、気にとめる事にしました。

人の悪口を言う事からの卒業

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 最近、人の生死にまで影響を及ぼすネット界での悪口や誹謗中傷が目立っています。それは見ていて決して楽しいものではありません。にもかかわらず、人はなぜ悪口をやめられないのでしょうか? もちろんすべての人がという意味ではありません。それでも確実に誹謗中傷が好きな人は存在します。それではなぜ人は、悪口、誹謗中傷が好きなのでしょうか? 自分がされれたことを想定せず、中には全く悪気なく行ったり、なんなら正義の鉄槌とばかりに行う人もいるかもしれません。それはどれもすべてが、相手に対し精神的なダメージを与える行為なのに、どうしてやめられないのでしょうか?というわけで今回はそんな悪口を言う心理について調べてみました。

 

人を悪く言ってしまう心理とは

 アメリカの有名な心理学者の言葉に、「人間はついつい他人と自分を比較してしまう生き物です…。」というのがあるそうです。とくに日本人の場合は、集団での和を乱さないよう他人の顔色をうかがったり、他人の行動や言葉に目を光らせたり、自分と比べるなどの傾向がとても強い民族だと考えられているそうです…。コロナウイルスの流行に伴ってどこからともなくあらわれた「自粛警察」と呼ばれる人たちも、自分達は自粛のルールを守っているのに、それを守ろうとしない奴がいるという怒りが行動の元になっているようです。要するに、他人と比較してしまう心理が原因になっているのです。人間は、他人と自分を比べたときに自分が優れていると「優越感」を抱きます。その逆に、自分が劣っていると感じたときに「劣等感」を抱きます。劣等感は強烈なネガティブ感情なので、それを何とか払拭したいという衝動にかられる。それを、悪口や誹謗中傷という形で発露したくなるのです。まさに歪んだ防衛本能なのです。

 

悪口は嫌な自分んを曝け出す

 悪気があろうがなかろうが、とにかく悪口や誹謗中傷を言うことで、相手を簡単におとしめることができます。自分対相手との比較において、相手を引きずり下ろすことによって、自分の価値を相対的に高めることができるのです。それによって、内なる劣等感を緩和しようという心理が働いてしまうのです。ところで「自己肯定感」という言葉をご存じでしょうか?「自己肯定感」という言葉は1994年に高垣忠一郎 教授(日本の臨床心理学者)によって提唱された言葉です。そしてその自己肯定感ですが、低ければ低い人ほど自分に自信が持てないことを表しています。そういう人は、自分対相手との比較において、自分が劣っていると感じやすい傾向があります。なので、実は自己肯定感の低い人ほど悪口を言う傾向にあるのです。逆に自己肯定感が高い人は、自分の考えや行動に自信を持てます。他人にとやかく言われても、その考えや行動はゆらぎません。相手と自分をいちいち比較することもなければ、悪口を言うこともないのです。従って、もし自分の周りに悪口好きな人がいたとしても、それは自己肯定感が低いとっても残念な人なんだな~…。と冷静に聞き流すことができるはずです。

 

悪口はひとつの病気である

 今回のテーマでもある、悪口が好きな人はなぜそれをやめられないか?ですが、 それは悪口はひとつの病気?と考えられるということです。少し専門的な話になりますが、たとえば、誰かの悪口を言うとします。するとやる気や快楽に関与するホルモンいわゆる中枢神経内でドーパミンが放出されます。ドーパミンが出ると人は楽しい気分になるとされています。だから、悪口を言うことは基本的に楽しいことなのです。しかし、ドーパミンはよくばりな脳内物質でもあり、一度放出されるとより大きな刺激を求めるようになります。つまり、悪口の回数を増やしたり、より過激な悪口を言わないと、新たにドーパミンが出ず、楽しい気分になれなくなってしまうのです。

結果、悪口を言うことが癖になって、なかなかそれを改善しづらい状態に陥るようです。なので人は悪口を言えば言うほど深みにはまってしまうというわけです。これはアルコール依存症や、薬物依存症とある意味同じ原理です。なので悪口を言う人即ち依存症という病と解釈できるのです。多くの人は、悪口は「ストレス発散になる」と思っているでしょう。恥ずかしながら僕もそう思っていました。しかし、実際は逆なのです。悪口はストレスを増やします。最悪の場合、脳を傷つけ、寿命を縮める危険性もあるのです。

 

悪口は百害あって一利なし

 海外の専門機関での研究によると、世間や他人に対する皮肉・批判度の高い人は認知症のリスクが3倍、死亡率が1.4倍も高い結果となったそうです。批判的な傾向が高ければ高いほど、死亡率は高まる傾向にあったそうです。また、悪口を言うと、ストレスホルモンであるコルチゾールが分泌されるそうです。コルチゾールというのは、ストレスを感じたときに放出されるホルモンです。前述でドーパミンが放出されると言ったので快楽を得ていると書きましたが、悪口を言っているときは同時にストレスも感じているということなのです。これも調べるまで全く知りませんでした。

 

返報性の法則

 心理学の法則で「返報性の法則」というのがあるそうです。たとえば、人は誰かに親切にされたとき、「その親切をお返ししないといけない…。」という気持ちが湧き上がる心理のことだそうです。即ち「好意の返報性」を上手に使うと、人は自身の信頼度を高め、人間関係を深めることが可能になるのです。しかし、残念なことに世の中の多くの人は、「悪意の返報性」を使っているといいます。ネガティブな感情に対しては、人はネガティブな感情を返したくなるものです。「やられたらやり返す・・・倍返しだ!!」とやり返してしまうのが、正に悪意の返報性なのです。そして人に悪口を言うと、やはり悪意の返報性で悪いものが帰ってくるのです。本人がいないから悪口を言っても大丈夫と思っていても、人の目に映るあなたは「よく悪口を言う人」と周りにネガティブな印象を植え付けてしまいます。要するるに、いつ自分に矛先が向かうかわからないので、周りの人たちは必然的に悪口を言う人を心から信頼しなくなるのです。間違っても打ち解ける意味で言ったとか、親近感を持ってもらう意味で言ったは、まったくの見当違いなのです。

 

最後に

 それでは健康を害し、信頼を失う悪口をやめるには一体どうしたらいいでしょうか?そのいちばんの近道は「自分を褒める」ことだそうです。悪口を言う人は、自己肯定感が低い人。つまり、自己肯定感が高まれば、悪口は自然と減っていきます。気に入らない相手をおとしめるのではなく、自分を高めることによって、相手と自分のギャップを埋める作戦に出るのです。自分のささいな成功を独り言でもなんでも、褒めてみるのです。褒めるのが無理なら、ネガティブをポジティブに置き換えるだけでも十分効果はあると思います。誰かの成功をねたむのではなく自分もそうなろうと考えるのです。どんな形であれ自分の中でポジティブな言動を積み上げることで、自己肯定感が高まり、怒りや嫉妬、不充足感が満たされ、ネガティブな感情を抑えることができます。結果、気が付くと悪口や誹謗中傷から卒業できているわけです。「そんなうまくいくわけない…。」とネガティブになる前にまずは「ま~、ダメもとでやってみようか!」とポジティブに考える努力をしていきましょう。

 

 

幸せな人生から生まれる孤独

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 世の中の仕組みには必ず期間というものがあります。食品の賞味期限もあれば、永遠に生き続けられない寿命もそのひとつでしょう。特に生きていくための生命線である仕事にも当然人生同様に寿命というか期限があります。それは個人によってそれぞれ異なる時間差で訪れます。やり切った達成感と同時に燃え尽きる人もいれば、志半ばという人もいるでしょう。やっかいなのがやり切った後に時間を持て余すことです。今は健康寿命もどんどん延びています。就労年齢も60歳、65歳、今や70歳なんてのも現実に始まりつつあります。人とかかわっているうちは、煩わしい時もありますが、それなりに生活感というか、生きている実感を感じられるはずです。でも、歳を重ね周りの親類や、友人などが様々な理由で自分の周りから徐々にいなくなります。人は長く生きれば、それだけ孤独と向き合う時間が長くなるのです。こればっかりは、好き嫌い言ってられません。そこで今回は、そんな孤独との付き合い方について考えてみたいと思います。

 

価値のある孤独を味わう

 人にはそれぞれ幸せを感じる瞬間というものがあります。沢山のお金を持つというのもそうでしょうし、好きな人と暮らすのも幸せですね。そんな幸せのひとつに「自由」があると思います。たとえば、どんなにお金があっても、毎日深夜遅くまで過労死寸前になりながら働いている状態は、多くの人にとって望ましい状態ではないと思います。それではいったい自由とは何でしょうか?それは、何からも誰からも制約を受けず、自分の意のままに生きることです。何かの制度や仕組み、あるいは誰か他人に縛られてがんじがらめになっている状態より、自分の好きなように生きるほうが楽しいに決まっているのです。自分らしく生きられるとしたら、それも社会でのひとつの成功と言えます。但し、そんな自由というカードの裏側には必ず孤独がつきまとうということもしっかり理解しておきましょう。

 

搾取される人生に未来無し

 たとえば、ひとりでいることは寂しいから無理やり誰かと一緒にいようとする。どこかのグループや集団に所属しようとする。日々の予定が真っ白だと不安になるので、自分を曲げて、あるいは自分の本心を抑え込んでまで周りに合わせることを日ごろから行っている人は、確実に自分の人生を他人に浸食されています。

それに、周囲の目を過剰に気にして生きる人は、見方を変えればそれは他人の価値観で生きているとも考えられます。要するに自律していないということなのです。ある意味、インスタ映え…。というのも、周囲からどう見られるかを気にしているひとつかもしれません。即ち自分の行動を、自分の価値観やマイルールにもとづいて制御できていない状態なのです。これは間違いなく自分自身が気付かない隠れたストレスであり見えない手枷足枷のなにものでもないのでは?と思います。

もちろん、人とつきあうことには良い影響を受けたり、多少は集団の影響を受けるものですが、それでも頭の中まで浸食されてしまっては、いつまで経っても自分に自信が持てず、生きている実感を得にくくなってしまいます。そうなると、必然的に自分の将来や少なからず理想を描いていた未来はちっとも楽しくそして明るいと思えなくなってしまいます。

 

幸せと成功を遠ざける思考

 しかし恐らく世の中の大部分の人生を他人に搾取されている人達は、孤独なのは寂しい…。ひとりぼっちはみじめ…。という価値観ではないでしょうか。たとえば、ランチメイト症候群(ランチメイトしょうこうぐんとは、精神科医の町沢静夫によって名付けられたコミュニケーションの葛藤で、学校や職場で一緒に食事をする相手即ちランチメイトがいないことに一種の恐怖を覚えるというもの。)や便所飯という言葉が話題になるほど、多くの人はひとりで食事するのを恐れているといいます。しかし、実際にはひとりで食事をしているところを見られることを恐れているのかもしれません。

それはなぜかというと、自分の中に孤独なのはみじめだ…。ひとりは寂しい…。という思い込みがあるため、「自分は友達のいない寂しい人間なんだと思われているんじゃないか」という妄想に襲われるからなのです。よくよく考えてみると孤独死というのも、生きている周りの人間が勝手に「かわいそう」「みじめ」などと言っているだけなのかもしれません。本人は満足して死んだのかもしれないのに、本人の心情を知ることができない外野があれこれ講釈するのは大きなお世話です。なので推測するに世間の多くの人はそれくらい孤独を恐怖と感じているということなのでしょう。

 

孤独を自由と考える思考

 そもそも「ひとりでは生きていけない」というのは大きな勘違いです。確かに赤ちゃんや子どもはひとりでは生きられませんが、大人になればどうでしょうか。仕事を持っていれば、家賃を払って住む場所を確保できる。食料品店に行けば食べものは手に入る。ケガをして働けなくなっても医療保険をはじめ各種保障保険に入っていれば困ることはないはずです。一般論として健康な体を持っていれば、ひとりで起きられるし、ひとりで着替えもできるはずです。ひとりでお風呂も入れるし食事もできるでしょう。

仕事はひとりではなくチームや組織、あるいは取引先があるわけですが、求められる成果を出せば問題ないはずで、職場に苦手な人がいるなら仕事に必要な会話だけを淡々とすればよいだけなのです。特に濃厚なつきあいが求められているわけでも無いはずです。自分からむやみに他人を攻撃さえしなければ人間関係が険悪になることもなく、単に誘われないとか、会話の輪に入れないだけ。仮にそうであっても、それが何かの障害になるわけでもありません。要するに実際にはひとりでも生きていけるわけで、孤独を恐れる必要はないということなのです。人は孤独を受け入れずして自由を得ることはできません。逆に孤独を避けようとすればするほど、つきあう人が増え、他人に合わせなければならず、自由もあきらめることになります。とはいえこれは、対人関係を避けて自ら孤立するような、自閉的な生き方を意味するわけでもないことをよく理解しましょ。

 

最後に

 人は自分らしく生きようとすれば、当然のことながら自分の考え方を尊重することになります。すると、自分の個性に合わない人たちは離れていく一方、そのぶん価値観が合う人や、自分の存在を認めてくれる人だけが必然的に残ります。そしてその人たちとは自然体で接することができますから、必要のない気づかいで疲弊したり、悩んだりすることから解放されます。その結果最終的に、自分を飾らず偽らずにつきあえる人間関係のみが残るので、人付き合いと自由を両立させることが無理なくできるのです。

「人は、最悪ひとりでも大丈夫。」と思える強さは、過剰に人間関係に気を使って疲弊したり思い詰めたりしなくて済むよう、人間関係を取捨選択(しゅしゃせんたく)できる勇気になるのです。このように、自分の価値判断基準を信頼し自分らしく生きることは、お金に換算できない成功のひとつの要素でもあり本当の意味での有益な人間関係を築きそのうえで初めて本当の幸せな人生が送れるのではないでしょうか。

 

 

 

「今からでも遅くない」に期限無し

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 中々終息の雰囲気を実感できないコロナ過ですが、いい加減疲れてきました。おまけに追い打ちをかけるようにここんところの大雨…。九州地方をはじめ各地方でも大小にかかわらず災害に悩まされていることと思います。もちろんわが町京都も例外ではありません。公私ともによく利用する高速道路でも、災害がありました。京都縦貫の沓掛インターで土砂崩れが発生し車が数台押し流されたあの災害です。本当に死者が出なくてよかったです。それでも一歩間違えば確実に大惨事になっていたでしょう。しかしながら通勤時間がこの災害で約5倍ほどかかる羽目になってしまいました。いったい何の試練?と思ってしまうのは僕だけでしょうか?さて今回は、歳を重ねるごとに変化しがちなヤル気について考えてみたいと思います。

 

端から無理と思う気持ちのメカニズム

 全ての人がそうだといいませんが、それでも中にはやったことがないにも関わらず、端から無理と決めつける人はそれなりにいると思います。そこでいかにそんな人でもヤル気やモチベーションを高いところでキープできるかを考えてみました。たとえば、「お金」で考えてみたとしましょう。もし自分が、今日からお金持ち体質になろうと心に決めました。さてその場合、今の自分が変わるために必要な行動を1つ挙げるとしたら、一体何でしょうか?

 

すべては自分で考え答を出す

 たとえば「このサプリは健康に良さそうだから買おう…。」というのは、自分の頭で考えたことにはなりません。企業の広告宣伝をただ鵜呑みにしているだけの話です。そしてその考えは、「お金」で考えてみた場合、失う方向に行くパターンだといえます…。また、「○○投資はハイリスクだからやめておこう」というのも研究、調査、勉強という感覚をシャットダウンして思考停止に繋がってしまいます。耳にした情報だけで先入観を抱きあげくの果てには、自分で確認すらしないのです。そうなるとこれもまた収益機会が広がず先のない投資となるのです。

 

問題は思考停止の当たり前

 たとえば、起業も「自分にはとてもムリだ…。」というのも端から頭を使っていませんし自ら思考停止のスイッチを率先して入れているようなもんです。そもそもやったことがないにも関わらず、なぜ無理と決めつけるのでしょうか。もちろんケースバイケースですが、否定から入る人は、どうやったらできるかを考えていないからに尽きるのです。だから答えは必然的に挑戦しない、若しくは挑戦できない、となってしまうのです。よく耳にするフレーズに「こんなにがんばってるのに会社は自分を評価してくれない」というのも、自分の頭で考えていない人のセリフです。会社は基本的に、努力よりも結果で評価をするものです。そもそもそれを理解せず、本来結果を出す為に自分がやるべきことを考えそして行動に移そうとせず自分自身で思考を止めた状態にすることこそが問題なのです。敷かれたレールを走るだけではダメなのです。

  • 本にこう書いてあったので
  • 〇〇という人が言っていたので
  • 皆やっていると聞いたので

と言う人がいますが、これもどちらかと言えば考えたことにはなりません。本やマスコミや友人に先輩そして先生が言っていることでも鵜呑みにせず、いったん冷静に受け止めそれを自分でも考えて、納得したうえで行動することです。人は不安になった時ついつい誰かに聞きたくなるものです。「どうすればああいう発想ができるのか?」「どうすればあのような思い切った行動ができるようになるのか?」答えは簡単です。すべては自分の頭で考え行動に移すことなのです。勿論、本やインターネット、専門家などの意見や助言を参考にすることはあってもいいと思います。ただそれらをそのまま鵜呑みにし実行に移すのではなく、それをベースに自分なりの根拠を持って、自分で納得できる答えを出さなくては意味がありません。即ち自分で考え答えを出しそして行動に移すのみです。

 

最後に

 自分で考えて行動に移すということは強い内発的動機( 内面に沸き起こった興味・関心や意欲に動機づけられている状態のこと )となり、行動や継続へのモチベーションとなります。お金のためでもなければ、怒られないためでもない、とにかくその活動がしたいからするという行動です。たとえば、一銭の得にもならない趣味の活動など自分で考えているから、何事も自己責任ととらえ、計画したりリスク回避の方法も準備できるのです。そして仮に失敗しても、また考えれば次への教訓へと昇華(物事が一段上の状態に高められることできるのです。そこで、自分の頭で考えられるように今後一切使ってはいけないワードを提案しましょう。

  • よくわからないから
  • 教わっていないから
  • 自分には関係ないから
  • それが常識だから
  • みんなが言っているから
  • そういうものだから
  • 仕方がない
  • 自分には無理

僕も昔はよく言い訳したものです。今もかな…?とにかく自分自身をかばう言葉なんていくらでも出てくるものです。ただそれは確実に皆からどんどん冷ややかな目で見られる原因だということを十分理解しておきましょう。

 

 

年齢の見た目に対する人の心理

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 ここ4~5日都心部では50人を超える感染者が確認されていて京都の祇園界隈でも運送関係で4人ほど出たようです。皆さん決して油断してるとは思いませんが、とにかく見えない敵と戦うリスクを背負い仕事をするのはホント大変だと思いました。それとコロナの感染も確かに怖いですが、経済の衰退も怖いです。日本では沈静化に向かっていると各メディアでは公表されていますが、実際のところはよくわかりませんね…。とにかく本当の意味で元気で健康な日本に早く戻ってほしいものです。そういえば、WHOに健康の定義というのがありましたね…。

覚えているでしょうか?1947年に採択されWHOで憲章されたものです。その健康の定義が以下のようになります。「健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあることをいいます。(日本WHO協会訳)」そうなると今の現状がこの健康の定義にほど遠いことが、はっきりと確信できます。さて今回は、他人から映る自分の見た目について少し考えてみたいと思います。前述した健康状態も人によっては大きく見た目に影響するのかもしれません。そんな見た目ですが、ぜんぜん気にしないという人もいれば、その真逆な人もいます。いずれにしても人はどうもがきあがいても年齢を積み重ねやがて老いていきます。そこでせめて無理のない悪あがきで見た目の若々しさを保持できればと思いなにか良い案があるか早速調べてみることにしました。

 

いつまでも若々しく見られたい

 人それぞれではありますが、ガッツリ歳を重ねているにもかかわらず何故かいつまでも若々しい人もいます。そうかと思えば、年齢以上にビックリするほど老けて見える人も存在しています。恐らく、大人になっても精神的に成熟しているもしくはそうでないことが、老け込みの明暗を分けているのかもしれませんね…。それでは実年齢より若々しく見える人との違いは、一体どこにあるのでしょうか?それはズバリ、若々しく見られる人が行っているであろうすべき行為がいくつか抜けていると考えられます。

 

「どうせ誰も見てないし…」からくる油断

 たとえば、歳を重ねている女性の場合、特に恋愛からほど遠くなってしまった人は、自分に対しての手入れをあまりしなくなるといいます。「どうせ誰も見ていないから…。」と今まで続けていたスキンケアをしなくなったり、髪の手入れを疎かにしたり、体型に無頓着になったりなどなど…。それでも、本人が自分の姿に満足しているのであれば、問題ないでしょう。しかしながら、今の自分を気に入っていないのに、ただ単純に怠惰な気持ちに負けている場合は少しヤバいかもしれません。なぜなら、それらの発想や行為は自分を大切にしていないのと同じだからなのです。それに例え人に見られなくても、自分は毎日、そんな自分の姿を見ています。人は、一度自分のことが嫌になると、どんどん自分のことを大切に思えなくなって行くといいます。いわゆる自尊感情がどんどん下がるっていうやつでしょう。なので自分のことが嫌になる前に何とかしましょう!

 

身だしなみの重要性

 いつの時代も身だしなみひとつで相手の対応が違ってくることは大いにあります。なぜなら、清潔感があり綺麗であることは、相手への礼儀であり、思いやりでもあるからなのです。なのでだらしない格好で人と会うというの事は、「相手にとって自分と会うことは、その程度のことなんだ…。」と、どこか自分を軽んじられた気分になるかもしれないからです。だからこそ、自分のためにも、関わる相手のためにも、ある程度、身だしなみを整えることはとても重要な事なのです。とにかく自分の目に映って不快と感じる他人の容姿はしっかりと参考にしましょう。

 

年齢を言い訳にする

 いくつになっても若々しい人は、いつもワクワクしながら新たなことに挑戦していることが多いものです。とりあえずやってみたい…。という好奇心を持っていると、脳が活性化され、新しいことに柔軟に対応できるようになるものです。逆に、歳をとって、色々なことに興味がなくなり、新しいことをやることが億劫になってくると、成長しないどころか、どんどん退行していってしまいます。なぜなら、時代はどんどん進化しているので、例え現状維持をするにしても、大なり小なり新しいものを取り入れたりする努力が必要だからです。そうしないと、時代に取り残されてしまうことも多いのです。僕は、仕事場でベテランスタッフにいつも言っていることがあります。それは最先端を行く必要はありませんが、遅れるわけには行けません。ということです。どちらにしても、新たなことに挑戦している方が夢中になれて楽しいはずです。とにかくいつでも「ちょっと怖いけど面白そうだから、やってみよう!」と思える好奇心を常に持つように心がけましょう。

 

経年劣化を意識しすぎてしまう

 たとえば、一般的になにかと若い…が魅力的だと思われがちですが、その理屈でものを考えると歳を重ねれば重ねるほど、人の価値が下がっているということになります。でも、そんなことを思っているうちは、まだまだ表面的な魅力しか人を見ていない事になります。もちろん物理的な若さは魅力的ではありますが、そもそも努力しなくても、一定期間は誰もが持っているものであり、歳を重ねれば、みんなが失うものでもあります。そんなものがはたして本当の魅力なのでしょうか?いいえ決してそうではありません。本当の魅力というのは、絶対に色褪せないものです。いくつになってもです。むしろ、色々な経験をして、酸いも甘いも知ってこそ、自分に対しても人に対しても、優しく大らかになったときにジワ~と出てくるものなのです。要するに、人としての器の大きさがポイントとなるのです。まだまだ経験が足りず、自分のことでいっぱいいっぱいの状態の若者には持てないものなのです。

だいたい、若くなくなったことで、価値を見失っていることこそが、精神的に成熟していないとを意味します。要するに大人ならではの魅力を持たないまま、歳だけ重ねてしまった結果かもしれません…。なのでこれからは本当の魅力をきちんと理解し、今までの自分の経験を生かし熟成された大人の魅力が出せる人間を意識していきましょう。

 

最後に

 歳をとるというのは、とても良いことだと思います。なのでそれを残念なことだと感じるようであれば、それは、その人の生き方が単につまらなかっただけのことかもしれません。もちろん歳をとれば、寿命が縮まると同時に体力が落ちてきますし、それに記憶力が衰えてくることもあります。でも、その分、経験によって得られていることもたくさんあるのです。そして、その重ねてきた月日の間に成長してきたことこそが、自分にとって、生きるための盾にも槍にもなるのです。歳を重ねたときの若々しさというのは、前向きさや柔軟さといった大人ならではの成熟がなければ出てこないものなのです。つまり、怠けて、ただただ歳を取っただけでは、ダメだということです。だからこそ、歳を重ねれば重ねるほど、魅力に大きな差が出てくるのかもしれません。なのでこれからは、歳を重ねてきた自分を誇りに思い、魅力的でいられるように、自己を磨いていきましょう。

 

お金に困らない人間関係を考える

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 交通事故から約3週間ようやく各部位のすり傷は、かさぶたとなりムズムズ痒くなりようやく治りつつあります。激痛に悩まされていた肋骨の骨折も日に日に痛みが和らぎ就寝中の寝返りで目が覚めることも無くなりました。しかし首に受けたダメージは、なかなか改善の兆しが見えてきません。パソコンの前で30分も仕事をしているとジワジワと首に重しを乗せられたような鈍痛に襲われます。そんな時は、思わず仕事の手を止めて店舗の外に出て5分ほど景色を見るようにします。すると徐々に首の痛みが和らいできます。ひょっとして僕はインドアな仕事には向いてないのかな?といまさらながらふと思ったりしてしまいました…。さて今回は、厳しい社会で生きていく中、避けて通れない人間関係について考えてみたいと思います。

 

成功を呼び込む法則を探る

 昔からお金と成功は、ピンチの時にチョッとした対応の違いで手に入るものと、聞かされたことがあります。それに現在もなぜかコロナ過で不景気にも関わらず仕事が順調でお金回りの良い人がいたりします。逆に一生懸命働いても、なかなか仕事もお金もままならない人がいるのもこれまた事実です。要するに逆境やピンチの時の考え方や行動の仕方でどちらにも転ぶということなのです。そこで身近な日常にある仕事の失敗、人間関係のゴタゴタなど、とにかく日常の困難をどうにかこうにか乗り切ることで仕事とお金の運を引きこむ方法について色々と調べてみることにしました。

 

成功も幸せも収まるべき場所に収まる

 成功者も幸せな人も、みな共通の空気感やオーラを持っているものです。たとえば、以下のようなものが挙げられるでしょう。

  • この人と一緒にいると何だか安心感がある
  • この人と一緒に仕事をするといい仕事ができそう
  • この人と一緒なら何かあってもきっと大丈夫

とにかく一緒にいると不思議とそんな感覚にさせられる人物です。こういう人と一緒に仕事や生活をすることで、自然にその人のパワーというかエネルギーをもらうことができるのです。逆にマイナスのオーラを発している人とずっと一緒にいると、自分も知らないうちにその波動に同調してしまい厄介な性格になり幸せの薄い人生を送ることになるのです。

 

逆境に動じない明るい振舞い

 まず、逆境の時こそ明るく振舞うことが大切です。どんなことがあろうと信じて明るさを失わない信念こそが鈴なりについてくる部下の羨望を集めるのです。何かの記事で読みましたが、海難事故などで漂流して生き残る場合、リーダーが「自分たちは絶対に助かる」「絶対に何とかなる」と楽観的な意志表示をするケースだといいます。明るい波動やエネルギーは人に伝わり、増幅されるパワーを持っているようです。ただし、単純なプラス思考とは少し意味が違います。やれることはやったけれど、あとはもう流れと運命に委ねるしかないというある意味「開き直り」なのです。物事には自分がコントロールできる部分とそうでない部分が必ずあるものです。コントロールできないことに思い悩んでも無駄であり意味のないことなのです。それならアッサリやれることはやって、あとは野となれ山となれ!という潔さが大事かもしれません。恐らく人は、成功している人のさわやかな明るさに触れる連続で、単なるプラス思考だけでは説明不可能な求心力に引き付けられるのかもしれません。

 

成功する人は突出した人が大好き

 運とか運命とかは人が運んでくるものとよく言われます。確かに、良い話をもたらしてくれるのは最初に知り合った人物というよりも、その人物が紹介してくれた人、二次的人脈のような気がします。例えて言うなら、人は直接名刺交換した相手よりも、自分が信頼する人から紹介された人物を信用したり重視したりする傾向があるのです。更にいえば、自分で自分のことを売り込むのと、他人が自分のことを売り込んでくれるのとでは信憑性がぜんぜん違います。自分で自分のことを宣伝するより、他人が自分のことを宣伝してくれる方が絶対的に効果があるのです。うまく言えませんがインターネットで繋がるネットワークとは違うネットワークなのです。自分の知らないところで、自分の評判がやり取りされ増幅される。ネットワークです。そしてこの絆が強い人達は、たいていの場合人から助けられたり、良い話が舞い込んでくることが多いのです。

 

最後に

 という訳で以上の様な背景を意識できるようになると、今までの人間関係の作り方に自ずと変化が出てくるはずです。要するに沢山の知り合いを浅く広く作るより、5人なら5人のコアな関係をとりあえず作ることなのです。すると5人にはやはり5人のコアな人がいて、それぞれにまた5人のコアな関係があります。すると5×5×5=125人の強固な人脈ができる計算になるわけです。なんかマルチ商法みたいですが、全然違いますよ…。とにかく逆境の時に助けてくれるような信頼性の高い頼りになる5人のコアな人を作るのです。それだけでほぼ必要な人脈、人間関係はでき上がっていくのです。人脈作りのためと言って異業種交流会でたくさんの名刺を集めたところで、それはあまり意味がありません。そこで展開される人脈GETのローラー作戦は失敗の確立が非常に高いのです。考えるに成功する人や、金運に恵まれている人はそんなところで名刺を配る人脈GETのローラー作戦より、すでにある目の前のコアな5人を大切にするのです。なので、今一度自分の周りの大切な人をもう一度再認識、若しくは再確認してみてはどうでしょうか…。

 

 

 

交通事故は痛いだけ

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 交通事故から約3週間ようやく各部位のすり傷は、かさぶたとなり治りつつあります。激痛に悩まされていた肋骨の損傷も日に日に痛みが和らぎ就寝中の寝返りで目が覚めることも無くなりました。しかし首に受けたダメージは、なかなか改善の兆しが見えてきません。パソコンの前で30分も仕事をしているとたちまち首に重しを乗せられたような鈍痛に襲われます。そんな時仕事の手を止めて店舗の外に出て5分ほど景色を見ていると徐々に首の痛みが和らいできます。考えるに「ひょっとして僕はインドアな仕事には向いてないのかな?」いまさらですね…。

 そんなわけで本日は、診察の日ということで朝から先生に診てもらいました。レントゲンを撮り先生から診断は、「やはり折れてますね…。」でした。

僕:ということはどうすればいいのですか?

先生:う~ん…。なんか薬とかいります?

僕:ていうか、薬いるんですか?

先生:いやべつに…いらんか。

僕:で今後の治療方針をお聞かせください。

先生:今まで通りの方法でいいと思います。

僕:そしたらリハビリを続けたらいいんですね?

先生:はい、しばらくはそれを続けてください。

という感じでフェードアウトしました。なので僕は引き続き肋骨と頸椎損傷の痛みが改善するまで治療に通うこととなりました。肋骨は、日にち薬で無理さえしなければ、痛みが和らいでくる気がしますが、頸椎の痛みは本当に憂鬱です。片頭痛がしたり、首に鈍痛を感じたり、時折脊髄や腕がしびれたりと今回改めて思いましたが、バイクの事故は、生身なのでホントヤバいです。ただただ憂鬱で痛いだけです。皆さんもバイクを乗るときは十分注意しましょう。

 

尊敬される上司にある人望とは

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 交通事故から12日が過ぎ痛みが薄れだしたところとはっきり痛いところが明確になってまいりました。足首やひざ腰などの打撲及び擦過傷は日に日に治り少しかゆいです。しかしながら肋骨と首はいっこうに痛みが取れず昨日からリハビリがスタートしました。整形外科の先生曰く「これは少し時間がかかりますよ~…。」って軽くビビらされました。できれば今年の事故は今年のうちに完治したいものです。さてこんかいは、誰でもが持ち合わせない「人望」について考えてみることにしました。

仕事によっては沢山の部下を従えてする場合と少数精鋭制でほとんど部下を持たない場合があります。たとえば、自分に憧れて、自分を目標にしている部下がもしいたとしたら、仕事を任せるのは簡単でしょう。そこで、こっそり胸に手を当てて考えてみましょう。正直言って自分には人望があるのか…?はたして自分についてきてくれる部下は何人いるのか?仕事を任せられる部下が何人いるだろう…?そもそも人望の厚い上司とそれを慕う部下の信頼に溢れる空気感は、見てればすぐにわかります。ただ一緒に仕事をするのではなく、「志」を共にし、リスペクトし合い、人生の大切な時を共有する。そんな関係性は、部下をもっている若しくはこれから持つという上司にとっては正直理想と言って良いでしょう。

 

人望の厚い人の共通点とは

 そもそも人望とは辞書で調べてみると、他人から崇拝(すうはい)されるほどの信頼を集め、期待されている状態を言います。この人ならやってくれるんじゃないか、この人と一緒にいたら人生がもっとよくなるんじゃないか…。そういう期待を集める人なのです。あと、チョッと違いますが「人気」というのがあります。比べて考えると以下のようになります。社会でいえば人望は「仲間」から、人気は「顧客」から支持されるということです。たとえば「人気があって人望がない人」は、スタープレーヤーに多い特徴だそうです。人気の俳優、人気のスポーツ選手、人気の営業マンなどは、価値を提供する相手には支持されたとしても、一緒に働く仲間から評判が悪いと、人望はないということになります。つまり、人望とは、一緒に長い時間を過ごす仕事仲間から、その人間性の本質をみられ、一貫性のある人物かどうかを問われているといえるのです。そう考えるとなかなか人間関係を構築していくのは難しいですね…。

 

リーダーにあるいくつかの要素

 人望について最も実用的だと感じるものが、次の要素です。まず最初は論理的に説明し、相手を納得させる力です。その次に周囲の人と愛情深く関わり、成長を願う温かい心。そして最後は、この人は裏切れないと思わせる、ほどよい緊張感、ある種の怖さを抱かせる無言の威圧感でしょう。

この三つで理想のリーダーがコンプリートされます。なので一つしか持たないリーダーなんかは、困ったリーダーとなります。たとえば、理屈ばかりで情に薄く、怖さもない。また、いい人ではあるのですが理屈で説明できず、怖さもない。最後は論理的な説明がなく、情も感じられず、ただ怖いだけというのもあります。こういったリーダーであれば、なかなか人はついてきません。あと、どれか二つの面を持つリーダーは、優秀なリーダーといえるでしょう。たとえば、理屈も言えて情もある。部下からすれば気安く関われる優しいリーダーですが、怖さがないので、ここぞというときに基準が下がります。どちらかと言えば、仲よしクラブ的なチームを作りがちかもしれません。逆に、理屈が言えて怖さもあるのですが、情が感じられず、冷徹なパターンもあります。仕事はできても部下の離職が出てしまったり、成果を上げても上司についていきたいと言ってもらえなかったりと、ドライで孤独な上司になる傾向があります。あと、情と恐怖を持ち合わせるリーダーは、なかなかまれです。「アルプスの少女ハイジ」にでてくる「アルムおんじ」みたいなタイプかもしれませんね…。

 

人望のあるリーダーの特徴

 三つの要素を持ち合わせたリーダーは、論理的で、情に厚く、かつ怖さもある。とにかく「この人の期待に応えたい」「この人のために働きたい」そう思わせるリーダーは、まさにこの三つを兼ね備えていると言えるのです。優れたリーダーというのは、どこか怖さを感じるのですが、それを上回る愛情があるので、とてつもない魅力を周囲に感じさせるのだと思います。従って自分が人望のある上司になる為には、バランスよく強弱をつけていきましょう。強く出過ぎるところがあれば少し抑え、弱い面があればそこを強化すれば確実に部下から慕われるいい上司になれるはずです。

 

人望強化大作戦

 それでは人望強化の方法を考えていきましょう。まず論理的であるには、「言語化」と「理由づけ」が重要です。この面が弱い人は、「感覚」や「感性」で仕事をしてしまっており、自分の考えを言葉にしたり、表現したりすることがすこぶる苦手と言えるでしょう。なぜこの仕事をするのか、この仕事をするとどんな価値があるのか、自分が考えていることを言語化し、仕事の理由づけする習慣をつける必要があります。具体的には、文章を書くことが推奨されています。次に感覚で話す人は、その場の勢いや感情で話を進めてしまうため、言語化がおろそかになってしまいます。日々の日報や業務報告書など、文章を書くときに、これは論理的であるための文章作成なのだと認識して取り組むと、強化されていくでしょう。そして愛情の部分を強化するには、「関心を示す」「声掛け」が有効です。この面が弱い人は、あまり声掛けをしていません。「仕事の進捗は大丈夫かな? 何か問題ないかな?」「よく頑張っているね~…。」そういった自分の心境や相手への関心を言葉にしていないので、非情な人と見られてしまうと考えられます。なのでとりあえず「声掛け」からスタートするといいでしょう。部下が今どんな気持ちなのか聞いたり、自分が相手に期待していることを言葉にしたり、関心を持っていたらするだろう言葉を口にすると、驚くほど良い効果が表れると思います。部下は、上司に関心を持ってもらうことでモチベーションが急激に高まるといいます。そんな部下の様子を見て、元々関心が薄かった人でも、徐々に高めていくことができるわけなんです。

 

人望のあるリーダーは志が強い

 そして、強化するのが最も難しいのはやはり恐怖でしょう。慕われていると言えば聞こえはいいのですが、言い換えれば、ただのゆるいリーダーかもしれません。論理的で愛情たっぷりで恐怖もそれなりでいいのはいいんですが、それ以上に「志」が重要なのです。絶対に達成する、何としてもやり遂げる、この志が強く、その志を「なぜやるのか」という理由付けと、それを行うことで皆が成長できるという愛情と情熱、この熱量が高いことによって、「この人の志を応援したい」「この人の志は邪魔できない」「この人を裏切ることはできない」という緊張感を生むのです。高い志に向かい、まっすぐに進む姿を見て、人はその背面にほのかな恐怖を感じるのです。自分自身の恐怖を強化したければ、恐怖を強める必要はありません。志を高め、「理」と「情」だけを強化すれば、「恐怖」はほのかに立ちあがってくるはずです。

 

最後に

 ところで、皆さんはピンチのときに、どんな振る舞いをしていますか?普段は尊敬され人望の厚い人物でも、ピンチに陥ると、人格が崩れてしまう人がいます。たとえば、売上が上がらない、思ったような結果が出ない、他者から批判を受けた、自分が評価されない、プライベートがうまくいっていないなど、人生において、いろいろなピンチが訪れます。そんなとき、理由を説明しなくなったり、愛情を示さなかったり、やたら「恐怖」を前面に出したりすると、部下は「普段のあなた」ではなく、「ピンチのあなた」が本性だと捉えます。したがって、ピンチのときこそ人望が問われていると認識するべきなのです。なのでむしろ、ピンチのときは、人望を獲得する絶好のチャンスなのです。ピンチのときでもブレないあなたを見て、部下はあなたに強い一貫性を感じ、尊敬し、崇拝するようになるのです。平常時だけでなく、ピンチのときも平常心をキープして、いかにピンチをチャンスに変えることができる素晴らしい上司かをこれからの部下たちに見せつけてやりましょう!もちろん部下がいる前提ですけどね…。